手織りで西陣織金襴を織っている伝統工芸士岡本圭司の手元写真

つくる人がいなくなったら、何が残るのか|西陣織の織元からの質問

最近、よくメールや電話が届きます。
「御社の未来のために」
「AIやデジタル活用で可能性を広げませんか」
「30分だけオンラインでお話できませんか」
「低単価で大量に営業メールを送ることが可能です」
「AIが事務作業を代行します」

スパムメール

差出人は、IT企業、コンサルタント、マーケター。
ほとんどが、伝統工芸を「支援」したいという内容です。

一応内容には目を通しています。
このメールを書いている人、電話をかけてきている人は、どんな思いでこの仕事をしているのだろうか。
などと考えつつ、正直に言えば、少し疲れてきました。

デジタルが広げた可能性

デジタル技術の発達は、間違いなく大きな変化をもたらしました。
デジタルの原型とも言える「紋紙(パンチカード)」を使ってきた西陣織の業界でも、デジタル化が進んだおかげで「フロッピーディスク」へ紋紙データを移行し、今は、SDカードやUSBメモリで紋紙データを読み込めるようになっています。
これは、現場にいる者として本当にうれしい変化です。

Sonyの3.5インチフロッピーディスク
Sonyの3.5インチフロッピーディスク

2000年が過ぎてから一気に世界のデジタル化、IT化が加速してきました。

個人で気軽に発信できる。
小さな会社でも世界と繋がれる。
少ない資本でも挑戦できる。

これは素晴らしいことです。
当社も恩恵を受けています。
当社も西陣織の仕事を伝えるために、2009年頃からWebサイトFacebookX(当時Twitter)のお試しアカウントを作り始めました。
その当時は慣れないPC作業に四苦八苦していたことを覚えています。

それが今ではかなり進化し、私が入社した30年前には、このように自社の思いについてSNSやブログ記事などで、世界に向けて公開できるとは思いもしませんでした。

しかし同時に、ある変化も起きてきました。

ここ1〜2年で、「売り方」を売る人が一気に増えたと感じます。

生産する人は、増えているでしょうか

1880年当時は、第一次産業や製造業に従事する人口が多い地域が上位に位置していました。
現代では、大都市圏への人口集中が進んでいます。
経済や雇用の構造が大きく変化していることがうかがえます。

農家。
漁師。
職人。
工場の作業員。

昔はモノを生み出す人が社会の基盤でした。

1880年の人口日本一は石川県、2位新潟、3位愛媛となっています。
稲作が盛んで食料を確保できたこと、浄土真宗の信仰により間引きが少なかったこと、繊維・造船などの産業基盤があることで栄えていたことが要因だと思われます。

1880年の人口
1880年の人口
DIAMOND onlineより

いまはどうでしょう。

2021年度は東京が1位、神奈川、大阪と続きます。
企業や行政、教育機関が集まる場所に仕事が生まれ、通勤しやすい地域に人口が集まる。
経済・雇用の一極集中が進んでいることを示しているように見えます。

2021年度 都道府県別人口ランキング
2021年度 都道府県別人口ランキング
J-CASTニュースより

今や第一次産業や製造業は敬遠され、現場によっては外国人労働者なしでは回らない工場も少なくありません。

若い世代の多くは、製造業に就きたがらない。
手を汚す仕事より、画面の中、オフィスでの仕事が人気です。
製造業の雇用主は人材確保に四苦八苦している話を耳にします。

もちろん、それが悪いわけではありません。
働き方の選択肢が広がったこと自体は、前向きな変化です。

けれど、疑問は残ります。

日本で、日本人がものづくりをしなくて、どうするのだろう。

参考記事:厚生労働省 地域社会の変遷と社会保障を取り巻く状況の変化

伝統工芸はコンテンツなのか

伝統工芸は、いまや「ストーリー」になります。
「ブランド」になります。
「体験」になります。

御社の伝統工芸西陣織のストーリーをブランド化して、世界中の人たちに体験してもらいましょう。とよく言われます。

それも時代の流れでしょう。

しかし、どれほど美しい言葉を並べても、どれほど優れたマーケティングを施しても、つくる人がいなければ、何も始まりません。

近年は、極端に短い納期を求められるお問い合わせも多々あります。
私たちの仕事は、在庫品を発送する商流とは構造が違います。
手を動かし、工程を積み重ねる仕事です。

つくる人がいなくなったら、売るものも、語るものもなくなる。

これは構造の問題です。

競争は激しくなっている

IT革命は、多くの人にチャンスを与えました。

同時に、競争も激しくしました。

少ない資本で発信できるということは、アイデア次第で誰もが参入できるということです。

その中で、手間がかかる仕事、時間のかかる仕事、技術の蓄積が必要な仕事は、効率の論理から外れやすい。
実際に人が関わっている以上、体調不良の日もあれば、家庭の用事もある。天候にも左右される。

けれど、効率では測れない価値もあるはずです。

私は、つくる側に立っている

沢山のSPAM認定をしないといけないメール、連日かかりまくる営業電話を断っているうちに、あらためて考えました。

アイデアが大切だ。
発信が重要だ。
個人が活躍する時代だ。

それは本当でしょう。

でも、アイデアも、発信も、土台には必ず「生産」があります。
アイデアは、何かを作ってはじめて形になります。

何かを作るためには、素材に触れ、失敗し、手を動かし、積み重ねる。
その地味な仕事が消えたら、未来のコンテンツも消えてしまいます。

伝統工芸からの質問

日本で、日本人がものづくりをしなくなったら、この国は何を売るのでしょうか。

何を誇るのでしょうか。

何を次の世代に渡すのでしょうか。

デジタルは否定しません。
発信も否定しません。
楽しいし、素晴らしい、無限の可能性を秘めていると思います。

けれど、つくる人がいなくなったら、売るものも、語るものもなくなる。

これは脅しではなく、構造の話です。

では、どうやったらつくる人は増えるのでしょうか。
私には答えがわかりません。ただ、ひとつ思うことがあります。

先日、工芸展で出会った異業種の工芸士がこんなことを話していました。
「搬入に行くと、みんな軽トラやねん。あそこにずらっと格好いい車が並んでいたら、若い子も『この仕事をしたい』って思うんちゃうかな。俺たちは軽トラやけどな」
思わず、なるほどと思いました。

待遇とは、単にお金の話だけではありません。
その仕事が、社会からどう見られているかということでもあります。

さて、これから先、次世代はどうなるのでしょうか。
私たちは、問い続けながら、今日も手を動かします。


営業の言葉と、現場の現実(付記)

営業の言葉は、いつも前向きです。

「御社の未来のために」
「可能性を広げましょう」
「安価に効率化できます」

その意図を否定するつもりはありません。

けれど私たちの現場では、糸の状態、湿度、体調、天候、すべてが工程に影響します。
効率化だけでは測れない世界があります。

きちんとした仕事には、正当な対価を支払います。
そして、自分たちの仕事にも、正当な対価を求めています。

私たちは、仕事を「取引」だけで終わらせたくありません。
生きた人間と一緒に、手触りのある仕事をしたい。

営業の場で、多くの方が必死に働いていることも事実です。
だからこそ、現場同士がきちんと噛み合う形で出会える社会であってほしいと思います。


  この記事を書いた人

西陣岡本の専務取締役でありテキスタイルデザイナーの岡本絵麻の写真

岡本 絵麻

京都・西陣の織元 岡本織物で西陣織金襴のテキスタイルデザインと発信を担当。
工程・素材・ことばの往復から、現場の輪郭を書き残しています。