西陣織の音に育まれて|岡本織物 京丹後協力工場・布平
西陣織は、分業制で成り立ち、ひとつの工房だけで完成する織物ではありません。
図案、糸づくり、染色、引箔、紋紙、そして製織。それぞれの工程を専門とする職人が西陣という町に集積し、工程ごとに関わりながら、一反の布がかたちになります。この分業制は、西陣織の品質と再現性を支えてきた基盤です。
西陣織の概要(産地の成り立ち・特徴)については、こちらの「西陣織とは」で詳しく解説しています。
京都・西陣では、用途や意匠に応じて工程設計が大きく変わります。
とくに寺社装飾や法衣などに用いられる西陣織の金襴では、素材選定から製織条件まで、一般的な織物以上に厳密な設計が求められます。
どの糸を使い、どのような紋意匠にし、どのように織り上げるのか。製織工程は単なる作業の流れではなく、織物の性格そのものを決定づける設計思想でもあります。
本ページでは、西陣織がどのような工程を経て織り上げられるのかを、分業制の構造と、実際に西陣織の金襴を製織している織元の視点から整理して解説します。
歴史の中で培われてきた工程の考え方と、現在も続く西陣のものづくりの実態を通して、西陣織という織物の成り立ちを紐解いていきます。
西陣織の大きな特徴のひとつが、分業制によって支えられた製織の仕組みです。
一反の布が完成するまでに、図案、糸、染色、引箔、紋紙、製織といった複数の工程が存在し、それぞれを専門とする職人が担っています。
この分業制は効率化のために生まれたものではありません。
高度で複雑な紋織物を安定して織り上げるために、工程ごとに専門性を極限まで高める必要があったことが背景にあります。
西陣織では、織り手がすべての工程を行うことは想定されていません。
西陣という狭い土地の中に職人たちによる各工程が独立しつつも密接に連携することで、意匠性・耐久性・再現性を兼ね備えた織物が成立してきました。
西陣織の製織工程は、一般的に以下の流れで進みます。
当社・岡本織物株式会社(西陣岡本)は、西陣織の分業工程のうち「製織(織り)」を担う織元です。
図案・糸・染色・引箔・整経・紋紙などは、それぞれ専門の職人が担当し、当社は最終工程として設計意図を布として成立させます。
工程の前後を理解したうえで、糸の状態や組織の出方を見ながら、張力や密度を調整します。
すべての工程が必ずしも一律ではなく、
用途や意匠、素材によって工程の組み合わせや順序は変化します。
織るための織機の用意をします。帯、金襴、ネクタイ地、インテリア生地等用途によって織機はそれぞれ独自に工夫されています。

杼、筬、引きベラ等多種多様の織るための道具を用意します。

※西陣織では「何を織るか」によって織機と道具の設計が変わるため、工程の入口に位置づけています。
西陣織は「織って柄を出す」紋織物です。
そのため、最初に行われるのは図案制作です。
需要に合わせた図案(デザイン図)を描きます。手書き、コンピューターグラフィックなど、方法はさまざまで、とても重要な工程です。
図案は完成形のイメージであると同時に、
後工程すべての基準となる設計図でもあります。

次に、図案をもとに紋意匠設計が行われます。
紋意匠設計では、図案をもとに、組織(織り方)・配色・糸の重なりを設計し、織物として成立する形に落とし込みます。ここで、厚み・重量感・立体感といった“織り上がりの性格”がほぼ決まります。

ジャカード製織するための紋紙を作ります。(本当の紙でできたパンチカードから、今はデータになりつつあります。)
紋紙は織機に動きを指示する情報媒体であり、紋織物における「制御装置」とも言える存在です。
紋彫(紋紙制作)は、紋意匠設計の内容を、ジャカードが読み取れる指示情報(紋紙/データ)に変換する工程です。織機の動きそのものを決めるため、再現性と精度に直結します。
右の写真は、前機(織りの準備・制御に関わる部分)で使用する紋紙を、手彫りで制作している様子です。

織る製品に合わせて糸を用意します。何本かの細い糸を合わせて糸の太さを変化させたり、特別な撚り(より)をかけたりして独特の質感を出したりする工程です。
西陣では絹を中心に、用途に応じてさまざまな素材が使われます。当社では主に正絹を前提に、用途に合わせた撚りと太さを設計しています。

絹糸を製錬したり、織る製品に合わせた色に染め分けます。

糸を染めた状態では、綛(かせ)になっていたり、チーズ巻きになっているのでそれを、木枠に巻き取り整経や緯糸に使いやすく糸を繰ります。弊社では綛になっている糸を使っています。

西陣織の中でも金襴などで多く用いられる本金引箔や金糸は、専用に漉かれた和紙に漆を引き、その上から金属箔を貼り、細く裁断して作られます。
引箔や金糸は非常に繊細で、張力や摩擦に弱いため、製織条件を熟知した職人による管理が不可欠です。
素材の質そのものが、織物の表情を大きく左右します。

染め上がった糸は、整経によって経糸として準備されます。
織るための経糸(たていと)をビーム(ちきり)に巻いて経糸を作ります。
整経は、糸の本数、張力、順序を正確に揃える重要な工程です。
綜絖(そうこう)は、経糸を上げ下げして杼道(ひぐち)をつくる装置です。ジャカードの指示に従って経糸の一部を引き上げ、緯糸が通るための開口をつくります。織るものや織屋によって仕様が変わり、織り上がりにも影響します。

緯糸(よこいと)を杼に入れるために管(くだ)に巻きます。
右の動画は手織り用の緯糸を管と呼ばれる芯に巻いているところです。
製織は、これまでの工程すべてを受け止める最終工程です。
設計・素材・準備の精度が、ここで試されます。
西陣では、用途に応じて手機や力織機が使い分けられます。
とくに金襴などの高密度な織物では、織り手の判断と経験が不可欠です。
織り方は様々、手機・力織機・レピア機・エアージェット機等様々です。弊社では手機と力織機を使っています。ジャカードを使わずに手だけで経糸を上げ下げさせて織りだす爪掻き綴れ(つめがきつづれ)という織り方もあります。
織りは単なる作業ではなく、
糸の状態や織り上がりを見ながら調整を重ねる工程でもあります。
最低2回、織りあがった布地の検査をしつつ、掃除、修正などをします。
幅や長さの計測や調整も兼ねていきます。
寺社装飾や法衣などに用いられる西陣織の金襴では、寸法精度や耐久性、意匠の再現性に関して、より厳格な基準が求められます。

当社では、主に力織機製品で整理加工を行います。
シャキッとさせるために糊を張ったり、柔軟性を持たせるために柔軟加工などを施します。
右の画像は糊張りをしている所です。

西陣織は、特定の工程だけで評価される織物ではありません。
どこか一工程でも精度を欠けば、全体の品質は成立しません。
分業制とは、工程を切り分ける仕組みであると同時に、
品質責任を工程全体で共有する構造でもあります。
現在も西陣では、用途や意匠に応じて工程を組み立て、必要な分業体制を維持しながら製織が続けられています。
製織工程は固定されたものではなく、時代の要請に応じて調整されてきました。
それでも、「分業制による工程設計」という根幹は変わっていません。
A. 複雑な紋織物を安定して織るために、工程ごとに専門性を極限まで高める必要があったからです。西陣では各工程が独立しつつ連携し、意匠性・耐久性・再現性を成立させてきました。
A. 用途・意匠・素材によって工程の組み合わせや順序は変わります。金襴のような装飾性の高い織物では、素材管理や製織条件がより厳密になります。
A. 当社は分業工程のうち「製織(織り)」を担う織元です。前工程の設計意図を布として成立させるため、張力・密度・組織の出方を見ながら調整します。
A. 西陣織の金襴は、西陣特有の分業制と紋織技術を前提に設計・製織されている点が大きな違いです。
図案、紋意匠、引箔、製織までを工程全体として組み立てることで、意匠性・耐久性・再現性を両立させています。
当社では、一釜付け(ジャカード)によって、布一面に大きな柄を通しで表現する設計・製織にも対応しています。
西陣織の製織工程は、単なる手順の集合ではありません。
歴史の中で選び取られてきた設計思想の集積です。
工程を理解することは、西陣織という織物そのものを理解することにつながります。