第二章-1
フランス滞在の17日間は、まるで“工芸の地層”を歩くような時間でした。
パリやリヨンのアトリエや工房を訪ねるたびに、そこにいる作家や職人、アーティスト、デザイナーたちが、素材と向き合う者だけが持つ独特の静けさを帯びていることに気づきました。たくさんの方にお会いしました。書ける範囲で徐々に記録を残していきます。
今回の旅でお会いした多くの方は、京都のアーティスト・イン・レジデンスであるヴィラ九条山に滞在されていた方々です。ヴィラ九条山はフランス外務省に所属するアンスティチュ・フランセ(Institut Français)が運営する、京都・山科の九条山の上にある滞在制作支援施設です。
フランスでアーティストとして5年以上活動していれば国籍は問わず応募でき、厳しい選抜を勝ち抜いた6名が基本半年間滞在し、文化交流を通じて創作やリサーチを行います。
西陣織の弊社工房にも、これまで多くのアーティストやデザイナー、ミュージシャンが訪れてくださいました。
ヴィラ九条山は普段は非公開ですが、毎月第一木曜日にオープンスタジオが開催され、滞在作家の作品を拝見し交流することができます。一般の方も制作現場に触れられる貴重な機会なので、ぜひ訪れてみてください。
Jeanne Vicérial(ジャンヌ・ヴィセリアル)
今回の旅で最初に出会ったのは、かつてヴィラ九条山に滞在されていた黒い紐を素材に独自の造形を生み出すJeanne Vicérial氏。彼女とはパリ初日、バスティーユ広場近くのビストロ Café des Anges でランチをご一緒しました。フランスらしいエスプリの効いた店内でした。
糸を“線”として、身体の延長として扱う彼女の作品は、西陣織の「糸の積層」とはまったく異なるアプローチでありながら、どこか共通する“身体性”を感じさせました。彼女の作品は後日、Mobilier National(王立ゴブラン製作所)で2026年2月8日まで開催されている「Ce qui se trame. Histoires tissées entre l’Inde et la France」で展示されていました。
Ce qui se trame. Histoires tissées entre l’Inde et la Franceでの展示会の最初の部屋は、クリスチャン・ルブタンが創造した最初の間。すべてがプリントの赤い布で包まれた、とても美しい空間でした。
Marion Vidal(マリオン・ヴィダル)
パリを拠点とするジュエリーデザイナーの Marion Vidal 氏は、硬質な素材と柔らかな動きを共存させる独特のバランス感覚を持っています。彼女の作品は装飾でありながら構造体でもあり、「身につける彫刻」と呼びたくなる存在感がありました。
能面にも興味を持ち、同行した能面師・中村光江氏にも師事されていたそうです。2025年のヴィラ九条山滞在中は京都の職人と協力し、帯締め、スクリーン印刷、漆工芸、金箔押しなどの技を使ったジュエリーを制作していました。
今回の訪問では、「市場では金を使ったものに需要があるのは分かっているのだけれど、どうしても竹や木材の自然な美しさに惹かれてしまうの」と、研究途中の作品を見せてくださいました。


Nelly Saunier(ネリー・ソニエ)
フランスの羽根細工職人のNelly Saunier氏。フランスにおける人間国宝のメートル・ダールに選出されています。
筆者も2017年9月に東京国立博物館の表慶館で開催された「フランス人間国宝展」で拝見していました。2015年にヴィラ九条山に滞在、京都の工芸ともコラボレーションされています。
モンパルナスにほど近い、とてもおしゃれなNelly Saunier氏のアトリエでした。
フランスは羽細工がとても盛んで、町の色々な所で目にしました。彼女の作品はゴルチェ、シャネル、ニナ・リッチ、ジバンシィからも愛され、インテリアとしても需要があるそうです。

羽細工はとても繊細な作業の連続。そこに彼女が集めてきた自然素材との組み合わせのマリアージュ。
鳥を愛する彼女の作業机の側面は、ご自分でデザインして切り抜いたというアヒルのデザインで可愛い。
Marion Delarue(マリオン・ドラリュ)
京都でのヴィラ九条山での滞在の他、韓国とエストニアでも修業を重ねたMarion Delarue氏は多種多様な素材を使ったパリ在住の若きジュエリーアーティストです。アジアの素材を作ったモノづくりをされています。
下記の写真の中のモニターに映っているのは彼女の肩に乗せるためのジュエリー「鶏がオウムに嫉妬している《オウムの信奉者》」。


鶏は人に食べられてしまうのに、オウムは人の肩に乗ったりして可愛がってもらえるから鶏がオウムに嫉妬をするというストーリー。

こちらは彼女の琴線に触れた素材で作った「櫛」とオウムガイから作った髪飾り、髷留。オウムガイを研究し、分解したりして発見した形を使われています。

日本に滞在した時に「櫛 くし」「簪 かんざし」「笄 こうがい」の美しさに魅了された彼女。これらが実用性を失い、やがて装飾品としての役割を担うようになった日本の髪飾りを研究しました。骨、木、貝殻、石、そして馬の蹄などが使われている日本の髪飾りに伝統的に用いられてきた自然由来の素材。「生の素材」に内在する装飾的特徴を研究し、「自然の模様」と独特の色合いを利用することで、見慣れたものの中に予期せぬものを見出すことで最終的には「その素材自信を装飾として見る」という事につながったそうです。
このオウムガイの髷留の使い方がとても可愛いのです。

今回は、Jeanne Vicérial氏、Marion Vidal氏、Nelly Saunier氏、Marion Delarue氏と筆者との出会いを書きました。
彼らの視点や発想を今後、どのように西陣織に生かしていくか、私たちの大きな課題となっています。
次の章は「素材と向き合う人々|フランスの職人・アーティストとの出会い 第二章-2」になる予定です。







