フランス・パリ 装飾美術館のエントランス

「素材は言葉」|一通のメールがフランスへの旅の「問い」に輪郭を与えてくれた

フランス滞在の第二章を公開したあと、思いがけず一通のメールをいただきました。
送ってくださったのは、私の恩師であるファイバーアーティストの中野恵美子先生
私のつたないブログを読んでくださり、そこに温かい言葉を添えてくださいました。

以下のページリンクから、フランス工芸への旅(第二章)をご覧いただけます。

メールを読みながら、私は少し不思議な感覚になりました。
2025年初冬の旅の中で考えようとしていた「工芸の思考構造」が、別の場所と別の時間にいたはずの「中野先生の記憶」と接続し、輪郭を持って立ち上がってきたからです。

今回は、そのメールをきっかけに、第二章で書いた「制作の前に、『問い』がある」という感覚を、もう一度丁寧に確かめてみたいと思います。

恩師からの一通のメールで、旅の輪郭がはっきりした

中野先生は、第二章に書いた次の一節に言葉を添えてくださいました。

「日本の職人は『語らなくても、品物を見てもらえばわかる』と言いがちである」
「一方で、フランスでは『なぜそれを作るのか』『素材は何を語ろうとしているのか』という『問い』が制作の中心にあるように見えた」
・・・フランス工芸への旅(第二章)にて

そして、その感覚がフランスだけのものではないことを、先生ご自身の留学経験を通して教えてくださいました。
メールの中で紹介していただいた下記の言葉が、とても印象に残っています。

「素材は言葉、何を伝えようとしているのか?」

短い一文ですが、これは私にとって「確認」でした。
私が旅の中で見たものは、単なる印象ではなく、制作を支える土台の違いとして確かに存在している、そう言ってもいいのだ、と背中を押された気がしました。

「素材は言葉」|「問い」は海外だけの話ではなかった

中野先生はアメリカのクランブルック・アカデミー・オブ・アート(大学院大学)へ留学され、当時のアメリカのファイバーアート教育を牽引していたゲルハルド・ノデル(Gerhardt Knodel)教授のもとで学んだそうです。
そこで受けた授業は、技術指導ではなく、各自が作品を数点個展のように展示し、全員でクリティック(講評)を重ねながら進んでいく形式でした。

そこで問われたのが、「素材は言葉だ。何を伝えようとしているのか?」という言葉でした。

中野先生は、日本の美術大学で学んだ当時は「何をしたいか」はあっても、制作は「技法の展開」が主だったので、コンセプトについては英語で答えられず悪戦苦闘したと仰っていました。

アメリカでは、技術の優劣よりも、作品を成立させるために「素材を言葉として、自分は何を伝えようとするのか」が重視されていたそうです。

私がフランスに赴いた際、工芸やアートの現場が「答え」ではなく「問い」から始まるように見えました。
そして中野先生からのメールは、そのフランスの現場で見た感覚が、アートの教育や批評の場でも共有されていることを示していました。

PIERRE HERME氏との面会で訪れたアトリエにて
PIERRE HERME氏との面会のために訪れたアトリエ
パティスリーの現場でも、味だけでなく「思想」が言葉として提示されていることを感じました。

「語らなくても伝わる」で成立してきた日本の工芸

第二章では、フランスの現場で感じたこととして、完成品だけでなく、そこへ至るまでのリサーチや試行錯誤の道筋も含めて「作品価値」として示されているように見えた、と書きました。
一方で日本の工芸は、長い時間をかけて「いかに美しく、いかに正確に、いかに再現性高く作るか」という基準を積み重ねてきたのではないか、とも。

この差は、「語る/語らない」の好みではありません。
むしろ、日本の工芸が「語らなくても成立する」ほどに、完成度と安定を積み上げ、受け手側もそれを読み取る成熟を共有してきた、という文化的な構造の差だと感じています。

日本の工芸の構造は私が日々向き合っている西陣織の現場そのものでもあります。
型を守ること。技を揃えること。品質を安定させること。
その積み重ねが、寺社仏閣や装束、しつらえといった「場」を支える織物としての信用をつくってきました。

だからこそ、伝統工芸に従事する私たちは、「語らなくても、物を見ればわかる」と言いがちです。
完成品の完成度そのものが、言葉の代わりを務めてきた。
これは、弱点というより、日本の工芸が担ってきた役割の強さだと思います。

それでも「語る」ことは、作品を社会へ届ける「最後の工程」になる

一方、フランスでは、作り手が作品と同じ熱量で、自分の思考を語る姿を何度も見ました。
それは自己主張ではなく、作品が社会と接続していくために必要な言葉、作品を「どこにつながっているのかがわかるもの」に変えるための言語、のように見えました。

私はそこで、「語る」が制作の外側にある補足ではなく、作品が社会に届くまでの「最後の工程」になっているのだと感じました。

中野先生からのメールは、この感覚を別角度から確かめさせてくれました。
「素材は言葉」。
それは、素材を言葉で「説明する」という意味ではなく、素材が持つ意味や関係性を「開いていく」という意味に近いのだと思います。

いま、日本でも変化が始まってきている

メールの終わりに、中野先生は「最近の日本のテキスタイルの卒業制作展では、学生がそれぞれ自分のコンセプトを述べている。授業内容も変わってきているのだろう。時代が変わった。」と書かれていました。

私はこの一文が、とても大事だと思いました。
「問い」を立てる=言葉にするという行為が、日本の制作現場の中でも、すでに芽吹き始めているものだからです。

私は美術大学で中野先生にご指導いただきました。
私の学生の頃を思い出すと、「この素材が好きだから使って、こういう作品を作ろう」とは思いましたが、フランスやアメリカのような哲学的な考え方はしていませんでした。

今、若い世代に始まっている変化は、伝統を否定する変化ではありません。
完成度と安定を積み重ねてきた日本の工芸の強さを土台にしながら、社会との接続の仕方、「なぜそれを作るのか」「制作の途中をどう言葉にするのか」を、もう一度設計し直す動きなのだと思います。

西陣織の「答え」に、もう一枚だけ言葉を重ねる

読売新聞で紹介していただいた記事の中でも触れたのですが、私たちにとって西陣織は「文化」以前に「生業(なりわい)」であり、現在の仕事として続いていくものです。
だからこそ、完成度や安定という「答え」を磨き続けることは、これからも揺るぎません。
(参考:読売新聞に掲載された記事をきっかけに考えたこと)

その上で私は、今回の旅で得た「言葉」を、今の西陣織の上にもう一枚だけ重ねてみたいと思っています。
完成品だけがすべてを語る、という誇りを手放すのではなく、完成品が社会へ届くための「最後の工程」として、「語る」をきちんと始めることです。

日本の工芸を海外へ持っていくと、完成度だけでは伝わりきらない場面があります。
そのなかで、私たちは日本の工芸を未来へも続けて行くために、工芸の価値を高めていかなければいけない。
だから「語ることは、価値を上げるため」というより、価値を「より正確に渡す」ために要るのではないでしょうか。

中野先生からいただいたメールは、その方向を確かめるための、励みとなりました。
私たちの旅の記録が、このブログを読んでくださった方たちの記憶と重なったとき、文章はただの旅の記録ではなく、次の制作へ向かう「入口」になっていく。
私は今、そのことを強く実感しています。

中野先生、ありがとうございました。
モラトリアム学生だった私を、今でも根気強く見守ってくださっていることに、心から感謝しています。


  この記事を書いた人

西陣岡本の専務取締役でありテキスタイルデザイナーの岡本絵麻の写真

岡本 絵麻

京都・西陣の織元 岡本織物で西陣織金襴のテキスタイルデザインと発信を担当。
自分でも手芸を好み、繊維・ものづくりを愛する。
工程・素材・ことばの往復から、西陣織の現場の輪郭を書き残しています。


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