西陣岡本 初代社長の岡本九一郎とその妻はつ、3人の子供たち真ん中が2代目社長の岡本忠雄

西陣織を織る職人一家の仕事|京都・西陣で金襴を織る織元の暮らし

こんにちは。京都・西陣で西陣織金襴を織っている〈西陣岡本〉です。

私は、西陣で西陣織金襴を織る岡本織物株式会社で、紋意匠(テキスタイルデザイン)を中心に仕事をしている岡本絵麻です。

西陣織の職人というと、帯を織る仕事を思い浮かべる方が多いかもしれません。
けれど西陣には、神社仏閣を荘厳する金襴を織る職人一家もあります。

上記のアイキャッチ画像は、当社の初代社長の岡本九一郎とその妻はつ(現社長の祖父母)、3人の子供たち(真ん中が2代目社長の岡本忠雄)です。この夫婦二人が頑張って今の西陣岡本の基礎を作ってくれました。

私は北海道札幌市で生まれ育ち、1998年から西陣で働いています。
紋意匠の仕事を軸に、検反、営業、広報、WEBサイトやSNSの管理、昼ごはん作りまで、多岐にわたる仕事をしています。

西陣岡本 岡本絵麻

西陣の外から来た私が見た、西陣織職人の世界

私は札幌出身で、西陣で生まれ育ったわけではありません。
外から西陣に入ってきた人間です。

だからこそ、外から来た「エイリアン」の目線で見える西陣があります。

西陣について書くとき、私はいつも「説明」だけでは足りないと思っています。
織物の定義や歴史だけではなく、誰が、どんな暮らしの中で、どんな責任を負って織っているのかまで書かないと、西陣織職人の実像には近づけません。

西陣織の基本については、こちらの固定ページでも整理しています。

西陣織は帯だけではありません

西陣織の仕事をしていると言うと、「帯を織っているんですね」と言われることがよくあります。

けれど、西陣織は帯だけではありません。

当社・岡本織物株式会社が織っているのは、金襴と呼ばれる織物です。
神社仏閣の荘厳、僧侶の袈裟、法具、掛軸表装などに使われる、金糸や引箔を用いた絹織物です。

当社が織る西陣織金襴については、こちらのページでも詳しく書いています。

西陣織を織る一家の仕事

当社では、現社長の岡本圭司の曽祖父の代から西陣織を織ってきました。

よく「何代も続いてすごいですね」と言われます。
けれど実際には、これから先も続けていくのかどうかを常に問う仕事です。

「西陣織」と聞くと、伝統工芸や高級織物を思い浮かべる方が多いと思います。
けれど、私たちにとって西陣織は、文化以前に仕事であり、生業です。

織元の仕事は、布をきれいに織り上げることだけではありません。
素材の価格、職人への支払い、納期、品質、責任。それらすべてを引き受けて、初めて一反の織物が成立します。

私が出会った西陣の女性たち

西陣について語るとき、私がよく思い出す一冊があります。水上勉氏の小説『西陣の女』です。
西陣で働く女としてこれは読まねばと読んだわけです。

この小説は、西陣に出稼ぎに出てきた女性が、運命に流されていく哀しい話でした。
なんでやねん。
せっかく出稼ぎに出てきたんだから、しっかり自力で働いて稼がなあかんがな。
この頃の西陣だったらやりようによっては、ばんばん儲けられたのに、と私は思ったものです。

私が実際に出会った西陣の女性たちは、「水上勉の西陣の女」とは違い、強い意志を持ち、家業を一生懸命支えています。

私が出会った「西陣で育った女性たちの多く」は、織屋で生まれ育ち、織屋に嫁いだ方がとても多い。
そのため生粋の西陣では、「専業主婦」という概念がほとんどありません。
みんなが同じ屋根の下で力を合わせて働いており、その姿勢が西陣の特色です。

私が出会ってきた西陣の女性たちの多くは、次のような環境で仕事と暮らしを両立してきました。

  • 学校から帰ったら経糸を継ぐ手伝い、紋紙をかける手伝い、お使いなどの仕事をしていた。
  • 高校生になると多岐にわたる手伝いをするようになり、卒業したら即戦力として織物を織っていた。
  • 職住一体なので、家事をしながら糸仕事や織の準備をしていた。
  • 休みは1日と15日で、月に休みは2日だった。
  • 用事や習い事があれば抜けることはできたが、納期に追われる時は別だった。

家内制手工業という働き方

西陣のような、職人の集合で成り立つ町には、家内制手工業の形が今も残っています。

家族の絆がなければ成り立たない仕事は少なくなりましたが、西陣にはまだその感覚が残っているところも多いと思います。厳しい面もありますが、その分、家族や仕事の裁量を自分たちで持てる働き方でもあります。
基本は朝から晩まで働き、昼ご飯は一緒に食べる。
子どもが休みの時は子供たちも昼ご飯を食べにやってくる。
そんな生活をしながら働いています。

そして、西陣の強みは一社完結ではなく、分業です。
図案、糸、染め、整経、箔、製織、整理加工。
多くの専門職がつながって、はじめて一枚の織物になります。

その職人たちも一家総出で働いていることと思います。
両親とその子供夫婦、そして子供たち3世代で生活をしているところも多くありました。
単に○○の職人技と言ってもその一つの職種の中にも働いている家族がいる。

西陣の分業構造については、こちらでも整理しています。

私たちは今も、京都で西陣織を織っています

私たちは今も、京都で西陣織を織っています。

それは、西陣という名前のためだけではありません。
京都の中でたくさんの職人さんたちと連携しながら分業として成り立ってきたこの仕事を、自分たちの代で切り離したくないのです。

西陣織職人という言葉から、昔ながらの仕事だけを想像される方もおられるかもしれません。
けれど実際には、素材の値上がりに苦しみ、職人不足について考え、付加価値を上げるための販路開拓、情報発信まで引き受けながら、今の時代の中で織り続けています。

この仕事を説明するために、私は文章を書き、写真を撮り、WEBサイトを整え、SNSも動かしています。
敷居が高く見えがちな西陣織を、少しでも表に開いていきたいからです。

西陣織職人の声を、もっと知りたい方へ

この一篇だけでは、西陣の仕事はまだ書ききれません。

実際に織っている職人、糸を扱う職人、検反を支える職人、それぞれに違う視点があります。
ぜひこちらもご覧ください。

ご相談について

西陣織は敷居が高いと思われがちですが、「こういう用途で使いたい」「こういう布を探している」といった段階からでも大丈夫です。

また、私たちの仕事を応援していただく方法もいろいろあります。

  • SNSでフォローしていただく(コメントをいただけたらとても嬉しいです)
  • 展示会に遊びに来ていただく(見かけたらぜひお声がけください。大喜びします)
  • オンラインストアで小物を選んでいただく
  • 布地のご相談やご発注をいただく

金襴や西陣織のオーダーについては、こちらのページで詳しくご案内しています。

西陣織を紹介するだけではなく、織る側の視点で、仕事のことをこれからも書いていきます。

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