西陣織について
こんにちは。西陣で金襴(きんらん)という絹織物を織っている〈西陣岡本〉、岡本織物株式会社です。
先日、弊社社員の子供が、テレビ朝日『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』に「西陣織はかせちゃん」として出演しました。
その打ち合わせの時にディレクターさんから聞かれた「西陣織って何ですか?」という言葉、考えれば考えるほど難しい・・・。
西陣織の定義は「京都 西陣で生産される先染の紋織物」の総称です。
西陣織の特徴
糸を先に、「先染め(糸を染め分け)」して、その糸経糸を上げ下げして操作し、柄や模様を織りだす(紋織物)。それを西陣織工業組合に所属している織屋たちが京都で生産する織物が「西陣織」です。
西陣織の歴史
西陣織工業組合に所属している西陣織製造業者は、主に西陣と呼ばれる地域で商売を行っているか、過去に行っていた所が大半です。
西陣で織物業が盛んになった理由は、公家や公卿が沢山住む御所の近くだったからです。平安時代に「織部町」という官営の高級絹織物を織る町が作られました。後に職人たちが自らの工房を立ち上げ、大舎人町(おおとねりちょう)で更に絹織物が発展します。
大舎人町では、高品質な錦や綾織物を生産し、室町時代に「大舎人座」と呼ばれる組織へと進化しました。
その後、京都で応仁の乱(1467年から1477年まで一一年間続いた内乱)が勃発し、大舎人町は壊滅してしまいますがその後、大阪の堺に避難していた職人達が、応仁の乱で西軍の陣地であった地域(現在の上京区大宮)に戻り、織物業を復活させたので、一帯が西陣と呼ばれるようになりました。その後、この地で作られる西陣織が日本の代表的な織物のブランド〈西陣織〉として発展しました。
明治以前は人が織機の上に上って綜絖を上げ下げする空引き機(そらびきばた)という織機を使って紋を織っていました。
明治時代になると、空引き機の代わりになり、より精度の高い織物を目指し、フランスのリヨンからジャカート織機を導入し、高度な織物技術を実現・量産が可能になりました。
ジャカードについてこちらで詳しく書いています。→ https://okamotoorimono.com/hello/hello2/
西陣織の製織工程
- 織機の用意
- 織るための織機の用意をします。帯、金襴、ネクタイ地、インテリア生地等用途によって織機はそれぞれ独自に工夫されています。
- 道具の用意
- 杼、筬、引きベラ等多種多様の織るための道具を用意します。
- 図案(ずあん)
- 需要に合わせた図案(デザイン図)を描きます。手書き、コンピューターグラフィック等色々な方法があります。とても重要な工程です。
- 紋意匠図(もんいしょうず)
- ジャカード製織するための紋紙を作るための設計図を描きます。
- 紋彫(もんほり)
- ジャカード製織するための紋紙を作ります。(本当の紙でできたパンチカードから、今はデータになりつつあります。)以下の写真は前機械という部分の為の簡単な紋紙を手彫りで彫っている所です。
- 撚糸(ねんし)
- 織る製品に合わせて糸を用意します。何本かの細い糸を合わせて糸の太さを変化させたり、特別な撚り(より)をかけたりして独特の質感を出したりする工程です。西陣では、絹はもちろん、化繊や綿など様々な糸を使用しています。弊社では絹を使っています。
- 糸染(いとそめ)
- 絹糸を製錬したり、織る製品に合わせた色に染め分けます。
- 糸繰(いとくり)
- 糸を染めた状態では、綛(かせ)になっていたり、チーズ巻きになっているのでそれを、木枠に巻き取り整経や緯糸に使いやすく糸を繰ります。弊社では綛になっている糸を使っています。
- 整経(せいけい)
- 織るための経糸(たていと)をビーム(ちきり)に巻いて経糸を作ります。
- 緯巻(ぬきまき)
- 緯糸(よこいと)を杼に入れるために管(くだ)に巻きます。
- 綜洸(そうこう)
- 綜絖は経糸を上げ下げするための縦方向に移動する装置です。糸が通る杼道をあけるために経糸を一部分上げます。この綜絖も織屋や織る物によって変わってきます。綜絖はジャカードが出す指示に従って、経糸を引き上げるための装置です。
- 製織
- 織ります。織り方は様々、手機・力織機・レピア機・エアージェット機等様々です。弊社では手機と力織機を使っています。ジャカードを使わずに手だけで経糸を上げ下げさせて織りだす爪掻き綴れ(つめがきつづれ)という織り方もあります。
- 検反
- 織りあがった布地の掃除、修正などをします。
- 後加工
- 主に力織機製品で行います。シャキッとさせるために糊を張ったり、柔軟性を持たせるために柔軟加工などを施します。画像は糊張りをしている所です。
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西陣の織屋達は、集積してきた高い技術に加えて、時代から求められるデザインを生み出し、それを実現させていく糸や道具を進化させて、新しい創造力や表現力への努力を重ねています。
今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。