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西陣織を織る際、素材や道具も大事ですが、紋意匠を作るための「下絵」と呼んでいる「デザイン」もとても大事です。弊社は西陣織金襴と呼ばれる神社仏閣に向けた金襴地を織る会社ですが、面白いものを創造していきたいという事で今まで「西陣織とは思えない」というデザインの西陣織金襴の発表やデザイナーやクリエイターとコラボレーションを進めてきました。
西陣織は、格式ある儀礼の場で使われることが多い伝統工芸の布地ですが、今回の「MANGA×西陣織絵箔順引き模様引箔」プロジェクトでは、マンガという自由で個人的な表現と西陣織を融合することで、まったく新しい表情を見せていきたいと願っています。西陣織がマンガと出会うことで、格式ある西陣織という織物が“世界へ語りかける”ような存在になってほしい。絵に込められた物語や感情が、西陣織という静かな媒体を通して、見る人の心に語りかける、そんな新しい表現のかたちを、今回のプロジェクトに込めています。
今回は「ぐらにゅーとー」という京都出身のクリエイティブユニットに「MANGA×西陣織絵箔順引き模様引箔」のデザインを描き下ろして頂きました。

今回の「MANGA×西陣織絵箔順引き模様引箔」制作に向けて描かれた作品「ひゅらん。」
「ひゅらん。」には、彼ららしい物語が込められています。長髪の「あやめ」とメガネの「めぐ」が、なんともない日々の中でふと夢のような世界に迷い込み、知らない植物や花に囲まれながら、大きな光「ひゅらん」を追いかけていく——その先で、ふたりはまた出会える。そんな儚くも希望に満ちたストーリーを、織物の中に織り込むように描かれました。見る人それぞれの記憶や感情に、そっと触れるような一枚なれば良いなという願いを込めて。
そんなお二人にインタビューをしてきました。
ぐらにゅーとー 「こうのしん」さんと「めたぼ」さん
2025年春、弊社は「ぐらにゅーとー」の二人に「MANGA×西陣織絵箔順引き模様引箔」のデザインを描いてみないかと打診をしました。模様引箔は通常でも織っていますが、絵を描いた引箔を使った作品を以前から作ってみたいと考えていたからです。「日本のポップカルチャーであるマンガをテーマにしてみたい」とずっと考えていました。その時、昔から知っているぐらにゅーとーの二人の作品を拝見して、この二人のデザインを西陣織にしてみたいと思ったのです。
ぐらにゅーとーの二人は、織物のデザインという制約のある世界に入り、自由な絵からドット絵への変換や素材や色数の制限を経験しました。その戸惑いこそが、伝統と現代の境界線を越える第一歩だと筆者は信じています。
ぐらにゅーとーとは?
こちらはぐらにゅーとーの二人の作品です。マンガは日本のポップカルチャーの象徴であり、西陣織は日本の伝統工芸の象徴。この二つが出会うことで、国内外の人々に対して「日本のものづくりの今」を伝える力のあるエモい作品を作ること、この二人の絵ならそれが可能だと感じました。

「こうのしん」さんと「めたぼ」さん、二人のユニット名は「ぐらにゅーとー」。まだ19歳と18歳の二人。中学時代に出会い、絵を描く楽しさを共有してきた2人。現在は美術大学に通いながら、映像や漫画など幅広い表現に挑戦しています。
西陣織の下絵を描いた「ぐらにゅーとー」の二人
「絵を描くのと織物にするのは、まるで別物でした」と彼らが語るように、自由な線がドットに変換される工程は、彼らにとって異世界で、今後の創作の枠を広げていくであろう新しい体験となりました。戸惑いながらも挑んだ西陣織の下絵の制作についてお聞きしました。
僕たちは普通の絵で納品しましたが、織物にする時にはドット絵に変換しないといけないという事も違いました。最初は自由に描かせてもらいました。僕たちがドット絵にするわけではありませんでしたが、織物にしやすいように納品していくというのが大変でした。
それと、織物に限った話じゃないけど、今回は初めての大きな仕事だったので、僕たちも緊張をしました。
最初に思っていたイメージと違って戸惑いました。
でも活動を始めた初期にこのような経験が仕事で出来たことは僕たちにとっていいことじゃないかなあ、と思っています。
これは、二人が描いた下絵を弊社、岡本織物株式会社にて紋意匠図(ドット絵)として再構成中のPC画面を写したものです。
拡大しているのでドット絵なのが分かるかと思います。織物にする際は100%×100%で紋意匠を描くわけにもいきません。「ひ割り」と言って織物の幅や搭載しているジャカードの針の数、経糸密度、緯糸の密度の関係から割合も変わります。手描きの紋意匠図の場合は方眼紙ではなく、描く用紙にその織物の密度割合に合わせた線が入れてありますが、パソコンで紋意匠を描く際は正方形で成り立つのでデザイン通りには事は進まないという大変さもあります。
西陣織関連の職人さんとの交流
今回二人には西陣織の下絵と絵箔順引き模様引箔用のデザインを頼みました。レイヤーで3~4枚分の絵を納品していただくことになります。引箔は描いたものをインクジェットプリンターで印刷をし、その上に彩色をし、箔などを乗せていく過程があります。その彩色と箔乗せ等も二人にお願いをしました。箔の山崎さんの工房でそのやり方を教えてもらい、弊社や彼らの自宅で彩色をし、また箔の山崎さんに赴き、箔を乗せました。
こちらの写真はインクジェットプリンターで和紙にプリントをした後、彩色をしたものです。和紙にインクジェットプリンターで印刷が可能なように箔の山崎さんにより下地を施し、プリントしてから彩色できるようにコーティングをします。

こちらは、箔の山崎さんで箔を乗せているところです。特殊な条件下での彩色や箔を乗せる事も二人とも初めてでとても楽しかったと言っていました。しかし、簡単だと思っていた「金色を偏りなく、ぴかっと光るように乗せていく」という事が意外と難しかったようで、心残りがありそうでした。1部分だけ二人にやってもらい、残りの2部は箔の山崎さんで加工をしていただきます。

「こんな仕事があるんだ」——引箔を作る工程を目の当たりにした彼らは、日本のものづくりの奥深さに触れ、創作の幅が広がったと語ります。
ぐらにゅーとーの二人の創作への姿勢
ぐらにゅーとーの二人にどんなことを思って創作をしているのか聞きました。するとインタビューをしている筆者も普段思っている言葉が出てきました。「最初の落書きがいちばん良かったりする」。これは最初のインスピレーションで一発で思い描ける絵やプロジェクトは本当に手際よく進めることができるものです。
でもそれって例えば依頼が来た時に、急に義務になっちゃうから、楽しくなくなっちゃったりします。
負の感情の方が大きくなっちゃうこともあるけど、結局やっぱり楽しんでいた方がいいものは生まれると思うから、初心の「モノを作るのは楽しい」って事を忘れないようにはしてるつもりです。
固くならないようにって思っています。1番最初に何も考えずに書いたのが良かったりするから。
僕たちの作品を見た人が「これ?何」ってなったら意味ない気もするから、ゴールというか目標を作るみたいな。
行動に意味を持たせるとかじゃないけど、初心を忘れずに作品にしていきます。
最初の落書きが良くても、そのインスピレーションをちゃんと作品として昇華して「落書き」だったころの良さを生かし、見た人が「なんだ、これ?」にはならないようにしていきたい。
未来へのまなざし:10年後の自分たち
ぐらにゅーとーの二人には10年後の自分たちについても聞いてみました。「自分が満足できる仕事がしたい」という彼らの言葉には、未来への覚悟と、創作への意欲が見えました。
あんまりビックになりたいとかは思ってません。ビッグになって幸せそうな人ってあんまり見たことないんです。
世界的に有名じゃなくてもコアなファンがいて、知る人が知るような雑誌でコツコツやってる人の方がプライベートが幸せそうに感じるので、ビッグになりたいとは思ってないなあ。
自分が満足できる仕事をしていきたい。自分が満足して楽しそうな作家さんって、僕たちにも幸せのお裾分けをくれて、僕たちも楽しい気持ちにさせてくれるから。まずは自分が楽しくないとね。
そうそう。そうやって作品を作れて、幸せな10年後でいたい。
「すごい!楽しそうじゃん。あの人、描いている顔が楽しそうやな。」みたいに思われるような作家になりたい。
そんな作家になったら、今度はもっと良い作品を描けるはずなので、西陣織のもっと大きなデザインをしてみたいです。
西陣織という伝統工芸と若さの交差点
今回の「MANGA×西陣織絵箔順引き模様引箔」とういプロジェクトのデザインをしたぐらにゅーとーの二人。このインタビュー時にはまだ西陣織は織りあがっていません。
各種準備を進めている段階です。この記事を書いているときもまだ織りあがってなく、プロジェクトを進めている筆者はとてもドキドキして眠れない毎日を過ごしています。しかし、10/3日から始まる2025年日本国際博覧会「大阪・関西万博」EXPO「未来航路-20XX 年を目指す中小企業の挑戦の旅」に向けて着実に展示できるように進行しています。
二人に今回のプロジェクトの言えへん。西陣織として完成したモ意義、万博展示への期待をお聞きしたところ、
との事でした。
確かに!!その通りですね。デザインをした二人をうならせるような西陣織のタペストリーを見せたいと思っています。
西陣織の美しさは、職人の手仕事だけでなく、若い感性との出会いによっても生まれます。ぐらにゅーとーのデザインが、未来の西陣織にどんな風を吹き込むのか、伝統とポップカルチャーが織りなす一枚が、世界の来場者にどんな印象を与えるのか、ぜひ2025年日本国際博覧会「大阪・関西万博」EXPOメッセ「WASSE」でご覧ください。
「MANGA×西陣織絵箔順引き模様引箔」、これは、伝統工芸が若者の創造力と結びつくことで、未来に向けた新しい文化のかたちを提示する試みでもあります。西陣織がマンガという現代の物語性と融合することで、西陣織が「語るメディア」へと進化する可能性を感じています。
ぐらにゅーとー
(2025年8月22日取材/文・写真 岡本絵麻)
編集後記
ぐらにゅーとーの二人の事は昔から筆者は知っていました。しかし、彼らが創作活動をするようになるとは思ってもおらず、身近なところで作品を拝見するたびに、質が良くなっていく二人のクリエイションをじっと見ていました。しかし西陣織のデザインを一緒に手がける日が来るとは思っていませんでした。しかし、最近の彼らの絵を見ているうちに、絵に宿る“物語性”が、西陣織の世界にも通じると感じたのです。
筆者が昔からやってみたいと願っていた「MANGA×西陣織」が実現できるようになった時、真っ先に彼らに声をかけました。最初からうまくいくとは思っておらず、とりあえず、何かラフスケッチのようなサンプルを何枚か見たいと伝えたのがこのプロジェクトの始まりです。一番最初に始めたのが下絵の制作でした。
今思い返しても猛暑の中、沢山のハプニングがありましたが、とても楽しい仕事になっていると思います。まだ最終的に出来上がってないので明言は出来ませんが・・・。出来上がるのがとっても楽しみです。
二十歳にもなっていない二人へのインタビューは。筆者より年上へのインタビューしかしたことがなかったのでとても難しかったです。まだ何者でもない二人。そこにあるのは伸び代しかありません。楽しみです。
今回の一連の取材で糸屋さん、染屋さん、整経屋さん、引箔屋さん、裁断屋さん、デザインをしたクリエイター、と見学をしてきました。西陣織に関連する職人たちが居てはってこそ、私たち織屋の仕事が成り立ちます。
次回は布地の最終加工の職人さんの声をお届けします。
今までの職人インタビュー一覧はこちらから。
「MANGA×西陣織」
当社は2023年に「全正絹西陣織金襴真珠粉本銀箔模様引箔 独楽つなぎ紋様 タペストリー」制作に着手し、一般市場向けに初めて引箔製品を発表した際は滋賀の楽芸工房さんに引箔制作をお願いしました。
これは、展示会用に制作したタペストリーですが、この発表をしたことで非常に注目を集め、企業からも問い合わせが増え、個人からも注文を頂きました。企業コラボでは松井 諒祐氏のブランド、ha | za | ma、2024-25AWに当社の西陣織金襴本銀箔順引引箔の絹織物を採用いただきました。
その後、引箔の「絵箔」にチャレンジしたいと思い続け、特にインクジェットプリントをした絵箔を作る機会を探し続け、山崎さんが大判印刷が可能なインクジェットプリンターを持っているのを知っていたので、2025年、「MANGA×西陣織」の引箔を箔の山崎さんで制作することを決定しました。この記事を公開する日はまだ製作途中です。
こちらは箔の山崎さんで作った「MANGA×西陣織」用の引箔です。

若手マンガクリエイターユニット「ぐらにゅーとー」とのコラボレーションの西陣織金襴全正絹順引き模様引箔のタペストリーを10月3日から2025年日本国際博覧会「大阪・関西万博」EXPOメッセ「WASSE」で展示予定としております。