こんにちは。
京都西陣にある金襴織屋の岡本織物です。
金襴と言う「金糸・金箔糸」を多用した豪華絢爛な織物を日々織っています。
今日は京都の豪華絢爛なお祭りのご紹介。
明後日巡行が行われる予定の葵祭でございます。賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で、5月15日に行われるお祭りで、平安時代にはすでに行われていました。源氏物語の中でも光源氏が御禊(ごけい)の行列に供奉する一人として加わることとなり、その晴れ姿を一目見ようとやってきた光源氏の正妻の葵の上と六条御息所の「車の所争い」のシーンが有名です。
平安朝の人々が大事にした、襲色目(かさねいろめ)と重色目(かさねいろめ)( 文献によって表記がまちまちなだけで同じ事を現しています。 )に今日のブログは焦点を当てさせて頂きます。
襲色目、重色目とは着物を着重ねる時の色の表現です。 女房装束の袿(うちき)を重ねて着ました。平安時代の絹織物は非常に薄くて裏地の色が表に透けたので、独特の美しい色調が現れたことを利用して平安貴族達はその色の透け感や色合わせを楽しみました。色合わせによって名前も色々あるんです。 以下の写真は2013年の5月15日に京都御所から上賀茂神社まで行列の続く「葵祭」で拝見したご婦人方の袿(うちき)の写真です。
襲色目名で言えばなんと言うのでしょうか?紅梅に山吹色。
↑桜色に若葉色。袴の赤が効いています。
↑東雲色(しののめいろ)に藤紫。黄と若葉色が効いています。
↑淡い桜色の芙蓉?の紋に若葉色が挿して、牡丹色というのでしょうか。薄紫が素敵です。
↑朱紅に白の紋が入り、蒲公英色(たんぽぽおいろ)。これもまた若葉色がアクセント。
↑鶸色とでも言うのでしょうか?に東雲色(しののめいろ)が入り、山吹色ですかね。山吹よりもちょっと赤めですか?
白地にとりどりの鳳凰が織り込まれていて、緋色、萌黄色と補色がきて、藤色。これも綺麗ですね。
白汚しに菜種油色(なたねゆいろ)の織り、桃色ときて、ウコン色。
↑若竹色の地に白緑(びゃくろく)の織り、緋色が挿して、桔梗色。桔梗色より薄いでしょうか?
刈安色(かりやすいろ)にそれより薄い色の紋の織りで、桜色、空色。
↑鳥の子色に紅梅色(こうばいいろ)で立枠が織られて、空色が挿し、ウコンが覗く。
こんな浮世絵を見るたびに不思議なことがあったんです。なぜにこんなに袖から下の襦袢がふやふやと出ているのか?と。今回女御装束を拝見して、納得です。今の着物は隠れた所からチラッと見える襦袢の色目に美を感じますがこんなに堂々と襦袢が出ていても綺麗。 しかも、着物好きとして感じましたが女御装束の方が着物より楽そうですね。帯が見えなくなるのが残念ですが、こんな着物にかえってもいいかもしません。ほんまに。和装業界も二部式とかの提案ではなくて全く違う着方を提案しても良いかもしれませんね。 本と比べながら色の名前を決定してきましたが、ほんまに微妙な違いだったり、明るい所と暗い所では色目は違うし、色を合わせるって難しいですね。優雅な平安貴族達はこれを見分ける事が出来て襲色目によってその色合わせの組み合わせの色の名を言い当てられるという高度な感覚が本当にあったんでしょうか。そうすると日本人の祖先(私の祖先はたぶん土着民ですが・・・)ってものすごく感性の優れた人たちだったんでしょうね。どうやら、私を見る限り後退してきているようです。言葉使いもあきませんし・・・。