奈良 椿地蔵尊~西陣金襴織屋のお地蔵さん見物

こんにちは!
5月16日土曜日ですね。西陣で金襴を織っている岡本織物、弊社の氏神様である「上御霊神社」のお祭りが明後日に迫っています。うきうきします。SNSではお神輿の画像などもUPされつつあって、お祭り気分も盛り上がります。

岡本織物、金襴を織っているからには「市井で使われている金襴を知らねば!」と金襴を探しているのですが、金襴は、「特別な時のお洒落な装飾品」という事もあり、普段は中々出会えません。お寺に行っても普段使いの戸帳などはありますが「ええ打敷」等には中々出会えない上に撮影禁止だったりして、金襴をブログ上で中々ご紹介できていません。

金襴を探しているうちに神社仏閣、お地蔵さん、史跡、遺跡に非常に興味が出てきましたので金襴をご紹介せずにそのようなコンテンツをご紹介することが多くなっています。どうぞ、ご興味ある方ご覧下さい。→金襴を探して

さて、そんな岡本織物が今日ご紹介させていただくのはお地蔵さんです。

先日ご紹介させてもろた、頭塔が公開されるときの入口、ホテルウェルネス 飛鳥路の南側にある「椿地蔵尊」について今日は書かせていただきます。頭塔にわくわくしながら見学に来た時に入り口でこちらの「椿地蔵尊」を見つけました。

こちらの「椿地蔵尊」は高畑町という町にあります。ここは春日山の裾野として畑があったので「高畑郷」と呼ばれたようです。
興福寺の別院であった「椿之坊」という真言宗の施設の北側にあったそう。享保二年に残念なことに火事が起こって焼けてしまいました。
椿之坊は再建できず、空き地の野仏となってしまいました。明治時代に頭塔町の個人宅で祭られたのですが、昭和の始めに「東大路町」で堂宇を再興して「頭塔町」と「東大路町」の両町で毎年7月23・24日に地蔵盆のお祭りがあるそうです。
ちなみに今は「頭塔町」と「東大路町」という地名はなくて「高畑町」とう同じ町名です。

奈良 椿地蔵尊
奈良 椿地蔵尊

と、言うことはこちらに見える7体のお地蔵さんのうちどちらかは椿之坊なき後は「野仏」になってはったのかしら。それとも全員?一番前の双子のお地蔵さんは「東大路町」のおべべをつけてはります。

奈良 椿地蔵尊
奈良 椿地蔵尊

地蔵菩薩とは「勇猛精進」する修行者の理想を具現化して一切の衆生の苦しみを救出なさるお姿として作り出された仏様。平安時代中ごろより鎌倉時代にかけて信仰が盛大となり庶民の生活に密着し地蔵講、地蔵盆などが近世を経て現在も信仰されています。以前より疑問だったのですが、京都などにも沢山のお地蔵さんがいはりますが、信仰が盛んだった平安中期から鎌倉のお地蔵さんが沢山いはるのかしら・・・。

奈良 椿地蔵尊
奈良 椿地蔵尊

お地蔵さんという信仰は民衆に根ざしていますが、色々考えてみると深いなあ。

今日の西陣の金襴織屋の賄いは、鮭のムニエル。その他諸々でございました。

鮭のムニエル
鮭のムニエル

 

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