私は、西陣で西陣織金襴を織る岡本織物株式会社で、紋意匠(テキスタイルデザイン)を中心に仕事をしている岡本絵麻です。
私は北海道札幌市で生まれ育ち、1998年から西陣で西陣織金襴という織物の織元で紋意匠(テキスタイルデザイン)の仕事を軸に検反、営業、広報、WEBサイトやSNSの管理、昼ごはん作りまで、多岐にわたります。

この「西陣からこんにちは」という記事では、西陣の外から西陣に入ってきたエイリアンの目線で、西陣の話を書いていこうと思います。
西陣織の仕事をしているというと「帯を織っているんですね」と言われますが、西陣織は帯だけではありません。当社・岡本織物株式会社は金襴と呼ばれる「神社仏閣を荘厳する豪華絢爛な絹織物」を織っています。
当社では、現社長の岡本圭司の曽祖父の代から西陣織を織ってきました。 よく「何代も続いてすごいですね」と言われますが、 実際には、これから先も続けていくのかどうかを常に問う仕事です。
「西陣織」と聞くと、伝統工芸や高級織物を思い浮かべる方が多いと思います。 けれど、私たちにとって西陣織は、文化以前に仕事であり、生業です。
このブログ記事は、西陣織を紹介するために書いているわけではありません。 「西陣で金襴を織る一家の一員として、みんながどんな思いで仕事をしてきたのか」 そのことを、きちんと残しておきたいと思い、書いています。
西陣について語るとき、私がよく思い出す一冊があります。 水上勉氏の小説『西陣の女』をご存知でしょうか。
この小説は、運命に翻弄される女性の物語で、とてもハードな内容です。
ですが、実際に私が出会った西陣の女性たちは、強い意志を持ち、家業を一生懸命支えています。
私が西陣で出会った「西陣で育った女性たちの多く」は、織屋で生まれ育ち、織屋に嫁いだ方がとても多い。そのため、西陣では「専業主婦」という概念がほとんどありません。皆が同じ屋根の下で力を合わせて働いており、その姿勢が西陣の特色です。
私が出会ってきた西陣の女性たちの多くは、次のような環境で仕事と暮らしを両立してきました。
- 学校から帰ったら経糸を継ぐ手伝い、紋紙をかける手伝い、お使いなどの仕事をしていた。
- 高校生になると多岐にわたる手伝いをするようになり、卒業したら即戦力として織物を織っていた。
- 職住一体なので家事をしながらの糸作業や織の準備。
- 休みは1日と15日で月に休みは2日。
- 朝から晩まで仕事はしていたが、用事や習い事があれば自由に抜けることは出来た。ただし、納期に追われた場合は別。
西陣のような、職人の集合で成り立つ町は家内制手工業=マニュファクチャーが多い為、家族総出で働く意識がとても重要だと感じています。家族の絆が無ければ成り立たない仕事はとても少なくなってしまいましたが、西陣にはまだその感覚は残っているところも多いと思います。厳しい面もありますが、その分、家族や仕事の裁量を自分たちで持てる働き方でもあります。
西陣織を織る織元の仕事は、 布をきれいに織り上げることだけではありません。 素材の価格、職人への支払い、納期、責任。 それらすべてを引き受けて、初めて一反が成立します。
私たちは今も、京都で西陣織を織っています。 それは西陣と言う制度のためだけではなく、 京都の中で沢山の職人さんたちと連携しながら分業として成り立ってきたこの仕事を、 自分たちの代で切り離したくないのです。
この「西陣からこんにちは」というシリーズでは、 西陣織を説明するのではなく、 織る側の視点で、仕事のことを少しずつ書いていきます。
- 西陣からこんにちは ~ vol.1 西陣織 を織る一家のお話 https://okamotoorimono.com/artisan/hello1/
- 西陣からこんにちは ~ vol.2 西陣織とジャカード織機について https://okamotoorimono.com/artisan/hello2/
- 西陣からこんにちは ~ vol.3 織物の基本 経糸&緯糸 https://okamotoorimono.com/artisan/hello3/
- 西陣からこんにちは ~ vol.4西陣織 販路開拓 中期 西陣織 を織る一家のお話https://okamotoorimono.com/artisan/hello4/
- 西陣からこんにちは ~ vol.5 先染め織物と後染め織物の違い https://okamotoorimono.com/artisan/hello5/
- 西陣からこんにちは ~ vol.6 織、染、編みの違い https://okamotoorimono.com/artisan/hello6/

