私たち西陣岡本では創業期より「本金引箔」という技術を使って豪華絢爛な西陣織金襴を織ってきました。3回に分けて引箔の「いろは」について書いていきます。
今回は「ろ」です。
西陣に伝わる伝統技法 引箔|魅力
西陣織の特徴
西陣織は、日本が世界に誇る伝統工芸の一つです。その最大の特徴は「先染め織物」であり、糸を先に染めて色分けして織ることで製織した際の色と質感の深みを出します。
本金引箔
本金引箔は、和紙に漆と金銀プラチナを塗り、細く裁断して織り込む伝統的な技法です。本金引箔は、和紙に漆を塗って金箔を張り付け、細く裁断して織り込む伝統的な技法です。銀箔やプラチナ箔を用いる場合も有ります。この技法では、漆を何層にも重ねて塗り、磨き上げて金箔を貼ることで、光沢のある「光箔」と、漆を薄く塗ることで紙の質感を残した鈍い光を放つ「さび箔」の二種類の箔糸を作れます。技術の進化により、現代ではこれらの箔糸を大量生産することが可能になりましたが本金糸は古代から現代に至るまで、その美しさで人々を魅了し続けており、特に神社仏閣などの暗い場所での光の反射は、美しさを際立たせます。この技法は、日本の伝統工芸の中でも特別な位置を占めています。
西陣織で使われる「引箔糸・本金糸」が出来上がるまで ©@京都金銀糸工業協同組合
その金色の美しさは谷崎潤一郎「陰翳礼讃」で語られています。
暗がりの中にある金色の光
諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明りを投げているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。そして、その前を通り過ぎながら幾度も振り返って見直すことがあるが、正面から側面の方へ歩を移すに随って、金地の紙の表面がゆっくりと大きく底光りする。決してちらちらと忙がしい瞬きをせず、巨人が顔色を変えるように、きらり、と、長い間を置いて光る。時とすると、たった今まで眠ったような鈍い反射をしていた梨地の金が、側面へ廻ると、燃え上るように耀やいているのを発見して、こんなに暗い所でどうしてこれだけの光線を集めることが出来たのかと、不思議に思う。それで私には昔の人が黄金を佛の像に塗ったり、貴人の起居する部屋の四壁へ張ったりした意味が、始めて頷けるのである。現代の人は明るい家に住んでいるので、こう云う黄金の美しさを知らない。が、暗い家に住んでいた昔の人は、その美しい色に魅せられたばかりでなく、かねて実用的価値をも知っていたのであろう。なぜなら光線の乏しい屋内では、あれがレフレクターの役目をしたに違いないから。つまり彼等はたゞ贅沢に黄金の箔や砂子を使ったのではなく、あれの反射を利用して明りを補ったのであろう。そうだとすると、銀やその他の金属はじきに光沢が褪(あ)せてしまうのに、長く耀やきを失わないで室内の闇を照らす黄金と云うものが、異様に貴ばれたであろう理由を会得することが出来る。私は前に、蒔絵と云うものは暗い所で見て貰うように作られていることを云ったが、こうしてみると、啻(ただ)に蒔絵ばかりではない、織物などでも昔のものに金銀の糸がふんだんに使ってあるのは、同じ理由に基づくことが知れる。僧侶が纏う金欄の袈裟(けさ)などは、その最もいゝ例ではないか。今日町中(まちなか)にある多くの寺院は大概本堂を大衆向きに明るくしてあるから、あゝ云う場所では徒らにケバケバしいばかりで、どんな人柄な高僧が着ていても有難味を感じることはめったにないが、由緒あるお寺の古式に則った佛事に列席してみると、皺だらけな老僧の皮膚と、佛前の燈明の明滅と、あの金欄の地質とが、いかによく調和し、いかに荘厳味を増しているかが分るのであって、それと云うのも、蒔絵の場合と同じように、派手な織り模様の大部分を闇が隠してしまい、たゞ金銀の糸がときどき少しずつ光るようになるからである。
谷崎潤一郎「陰翳礼讃」
静かな輝き
西陣織金襴は、静かな輝きを放ちます。それは、ただの布ではなく、時間と歴史を織り交ぜた物語です。手機や力織機で織り込まれる金色・銀色の箔糸は、光を捉え、それを優雅に反射させることで、見る者の心に静かな感動を呼び起こします。
下記の写真は力織機により織られた全正絹 西陣織金襴 本金引箔 三階菱紋様です。こちらは、光を抑えた「さび箔」を使っています。さび箔は和紙に漆を塗るときに和紙の質感を残しておき、そこに金箔を貼ると和紙の微妙なぼこぼこにより、落ち着いた光り方になるよう作られています。
この布地には、技術的な側面を超えた、何か特別なものが宿っています。それは、職人の手によって一つ一つ丁寧に作られた結果であり、その繊細な作業は、単なる糸と箔の組み合わせ以上の価値を生み出しています。
質感と光沢
西陣織の布は、その独特の質感と光沢で、静かに周囲の空間を豊かに彩ります。それは、過去から受け継がれた技術と、現代の技術革新が融合した結果です。この布地が放つ、控えめながらも深い光は、日本の伝統美を象徴しています。
下記の画像は、京都知新で放送されたときに撮影された弊社の菩提寺、妙心寺慧照院で使われている弊社製織の戸帳や打敷きです。
日本の文化と技術
西陣織引箔製品は、ただの装飾品ではなく、日本の文化と技術の粋を集めた、時間を超えた美の表現です。引箔という技法によって生み出される布地は、その存在自体が、静かながらも力強いメッセージを伝えています。それは、見る者に対して、言葉では表現できないような、深い感銘を与えると私たちは信じて日々西陣織を織っています。