西陣 岡本のブログ

六波羅蜜寺~西陣金襴織屋のお寺見物

六波羅蜜寺

こんにちは。
今日は西陣織屋、岡本織物のお寺見物です。

私にとってなんだか怖い印象のある「六波羅蜜寺」。

なぜ怖い印象なのか?
それは寺には全く関係なくて「平家物語」で有名な平清盛等の平家一門の「六波羅殿」と呼ばれた屋敷があったから。そして、鎌倉幕府が「六波羅探題」を置いたのもここらへん。ということで私の中で「六波羅は恐ろしいところや」という刷り込みがされてしまっているらしいです。無知は罪ですね。
でも六波羅探題は怖いですね。いや、ただ単に、今で言えば警察的なものなのでしょうが、大勢のおかっぱ頭の少年たちを「禿童(かむろ)と呼び、京都市内に放ち平氏に対する批判や謀議等をスパイさせた。というのが得体が知れなくて気持ち悪いんです。五条近辺に行くと「ここらへんを禿童たちが一生懸命スパイしてたんだなあ」と思い浮かんでしまう時もあります。子供を諜報活動に使うというのが私の「気味が悪いポイント」に絡んでしまったのでしょう。・・・思い込みですね。無知は罪です。

今ではバリバリ住宅地の「松原通大和大路東入2丁目轆轤町」ちなみに(轆轤町=ろくろちょう)です。さすが!清水のすぐ近く。ここらへんをぶらぶらあるいていると窯もあるんですよ。河井寛次郎記念館もすぐ近くです。すごく雰囲気の良い記念館なので夏以外はお勧めします。これから素敵そう♡

さて、六波羅蜜寺の写真を少々。あまり撮る事が出来ませんでした。ほんまは空也上人像見たかったんですが、あまりに駆け足過ぎたしなにせ公開していなかったので見れませんでした。空也上人像はとても有名。口から何が出てはんの!?小さいな仏像が6体。それは「南無阿弥陀仏」の6文字。空也上人は「浄土宗」の先駆者と言われています。謎の多い人だということです。しかし、このような像になってしまうほどのパワーを持ったお方だったんでしょうね。語る言葉が人の心に響いたんだろうなあ。

空也上人像

空也上人像

そのような空也上人が十一面観音を本尊として作った道場。当初西光寺と呼ばれましたが、その後比叡山の僧が天台別院とし「六波羅蜜寺」となりました。桃山時代に真言宗智積院の末寺。今でも真言宗智山派の末寺で山号は補陀洛山。

空也上人は疫病の蔓延する京都市内を本尊である十一面観音を車に乗せて、念仏を唱え歩き弱っている病人たちに茶を振る舞い多くの人を救ったという伝説があります。一度沸かしたから疫病に効いたのか、茶の成分が純だった日本人の体に効いたのか。今の私にはそれ位ではきかなそう・・・というか清潔にしてたら流行らなかった疫病なんでしょうね。

900年代後半にも当時死体の捨て場だった鴨川で僧を600人集めて大般若経供養会を行ったともされています。今の私、夏になると川床とか喜んでるんですけど・・・。

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

とにかく写真はあまり撮れなかったんですが、石畳が可愛らしかった。麻の葉紋様。子供が産まれると思わず身につけさせてしまいますね。「麻のように丈夫に育つように」

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

平清盛公乃塚。清盛は八条河原口の平盛國の屋敷で死去、愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)で荼毘にふされたといいます。ええ?なんで?愛宕念仏寺って嵯峨野やん。と思いましたら8世紀に愛宕寺とて六波羅に創建されたそうです。お寺って引っ越し多いですよね。ま、10世紀以上あったら引越しも2、3回あってもおかしくないですな。

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

↓阿古屋塚

阿古屋の菩提を弔う為鎌倉時代に建立された塚。花崗岩の石造宝塔で、台座は古墳の石棺の蓋が代用されています。
阿古屋とは・・・近松門左衛門作の出世景清、長谷川千四合作の壇浦兜軍記などに登場する清水坂の遊女ので景清(かげきよ)の愛人。景清とは 源平合戦で活躍した平安後期の武士で「平景清」とも「藤原景清」とも呼ばれるそうです。どっちやねん!黒白やんか。なるほど・・・。藤原の子供に生まれたのですが、平家について戦い都落ちも一緒にしたそうです。とても勇猛で「悪七兵衛(あくしちびょうえ)」とも呼ばれるそうです。
とにかく阿古屋とはそのような景清と2人の子供までもうけました。その後は書くも無残な非情なお話で歌舞伎の題材として有名です。

この阿古屋塚にかかっている屋根ですが、風雨の劣化が激しい為につけたそうです。竣工式には坂東玉三郎氏が列席しはったそう。大和屋!!

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

本堂の解体修理時に発掘されたというお地蔵さま達。

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺

本堂の写真を撮れませんでした。知名度の割りにかなり狭く感じるお寺なのです。江戸時代までは大伽藍を連ねていたらしいのですが、明治維新の廃仏毀釈でかなり小さくなってしまったそうです。廃仏毀釈・・・。色々思いますね。本堂は1363年、今から651年前に再建された天台式建築。・

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