西陣 岡本のブログ

丹後半島 網野 浅茂川 浦島太郎生誕の地~嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

5月も12日です。こんにちは。
京都西陣で日々織っている金襴織屋の岡本織物です。
金襴と言う「金糸・金箔糸」を多用した豪華絢爛な織物を日々織っています。(金糸を使っていない無金という金襴もあります)

主に、神社仏閣の荘厳に関するものを織っているのですが、自分達の布が製品になって使われている所をあまり見たことがありません。もちろん布地は毎日見ているんですけど。

いったい金襴はどのようなところで使われているのか?という疑問を抱いて、金襴を探してさまよっています。京都に沢山あるお地蔵さんにはおべべやミニ戸帳として使われています。
そしてもちろんお寺には沢山あるはず(しかし金襴はお寺の宝物の為、法要など重要な時にしか使われてない事が多い・・・)
普段着の金襴で結構。色々と探してみましょう。

というテーマでブログを書いていることが多いです。
神社仏閣がテーマ→http://okamotoorimono.com/category/templeshrine/
道々のお地蔵さんがテーマ→http://okamotoorimono.com/category/jizo/
西陣織金襴を使ったかばん→http://okamotoorimono.com/category/bag/
西陣織、金襴を使った小物→http://okamotoorimono.com/category/hatorlittle/

今日は京都の北で探してみましょう。京都の北部、日本海に面した丹後と呼ばれる地方があります。丹後と言えば、着物が好きな私が思い浮かべるものは「丹後ちりめん」。とても有名ですね。丹後ちりめんの素晴らしさが京友禅が花開くのを支えたのだと思っています。今では輸入生糸が大半でしょうが、奈良時代から養蚕の歴史があるそうです。

ちりめんとは、糸を強撚糸と呼ばれる状態(撚りをきつくかけて糸が縮んだ状態で織る)で織る事により、撚りを戻した時に出来る「しぼ」が皺防止や、布の風合いを出した布地の事です。私も学生の頃、自ら撚った糸で布地を織って皺加工の布を作ったりしていたのを思い出します。丹後は日本で使用する絹糸の3分の1を使用する一大産地です。そんな丹後を先日ぶらぶら歩いてみました。

ふ、と見ると、「なぬっ!?」「史跡 浦島太郎出生地」

まさかまさかの実在の人物だった事すらも存じませんでした・・・。すばらしい。

丹後網野 浅茂川 浦島太郎生誕の地

丹後網野 浅茂川 浦島太郎生誕の地~

そんな「浦島太郎出生地」があるように丹後半島には「浦島伝説」が沢山あります。『丹後国風土記(たんごのくにふどき)という今は失われてしまった風土記にその記述があるそうです。

水江浦島子という者についての記述が存在したようです。
私がざっくり書くと
浦島子は小舟で釣りに出ました。三日三晩、一匹も釣れなかったけれど五色に光る亀だけとることが出来ました。その亀を不思議に思いましたが、浦島子の眠っている間に五色の亀は見た事もないような美しい女性に変りました。女性に問うと「天上仙家之人也」と自分のことを言いました。彼女が島子に眠るように言い、その後浦島子が目覚めるといつの間にか海の中の大きな島に着いていました。島にあった館に入ると「七人の童子」「八人の童子」が出迎えてくれます。彼らはそれぞれ「すばるぼし」(プレアデス)と「あめふりぼし」(ヒヤデス)だと名乗りました。
海の中の館の者達は浦島子への歓待の合間に人界と仙都の違いを語ります。浦島子が館に留まってこと三年が経ちました。やっと浦島子は自分の家の事を思い出して海の中の館(神仙之堺)に居るよりも自宅に帰りたくなりました。館の者達は別れを悲しみながら、玉匣(たまくしげ)(櫛などの化粧道具を入れる美しい箱)を渡し「この館に戻ってくる気があるなら開けてはあかん」と言います。浦島子が帰り着いたら自宅の辺りが変わっているので近隣の者に聞くと、「浦島子は海に出たまま帰らなかった」という伝説を聞く事になりました。思わず玉匣を開くと風がおき雲が上り変化がおきます。
そこで浦島子は涙にむせび歩き回り歌を詠みました。

「常世邊に 雲立ち渡る 水江の 浦嶋の子が 言持ち渡る」

そしてこの丹後半島網野浅茂川には「浦島太郎出生地」と共に「水江浦島子」を祀った「嶋児神社」があります。海のすぐ側です。というか、この近くの旅館の人にお聞きした所、この神社の前の道は昔は無くて埋め立てられて道ができたという事でしたので昔は波打ち際か、ちょっと離れた小島だったのか、そのような所に建っていた神社なのだと思います。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

ちょっと小高いんです。神社と書いていますが「お社」風ですね。でも神社です。狛犬さんもいはります。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

本殿を囲むお社は本殿を海風から守るようになっています。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

こころなしか狛犬さんのくるくるカールも波しぶきのよう。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

ん?狛犬の台座に書いてある「還暦記念」という文字が気になります。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

コスモス会の方々が奉納した神馬像。むちゃくちゃかわいいやん。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

嶋児神社のカメを「妊婦さんが触ると良い赤ちゃんが産まれる」、「綺麗な手で神社のカメを触ると亀のように長生きする」、「カメの頭を触ると良縁に恵まれる」といういわれています。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

先ほど気になったキーワードは「還暦記念」でしたがこちら↑は「初老記念」。初老って何歳ですか?軽く調べますと、日本には古来より「還暦(60歳)」や「古希(70歳)」と長寿を寿ぎますが、奈良時代には40歳を始まりとして10年ごとに祝ったそうです。そのため40歳を『初老』と呼ぶそうです。初老ですか。私は知らないうちに初老を過ぎていました。目出度いことです。生きてて良かった!

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

↑の初老記念は昭和22年生まれの方々の昭和63年に奉納した記念碑。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

嶋児神社の背面はすぐに海です。釣溜(つんどめ)と呼ばれている場所。自然の岩に囲まれた潮溜まりの事で、浦島太郎は釣った魚をここに放しておいたと言われています。自然の生簀ですね。嶋児神社の真上ではとんびたちが楽しそうに舞っていました。ちょうど海と岸の境に上昇気流が生まれるようで、楽しそうに滑空してるとんびをみてしばしぼーっとしてしまいました。

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後半島 網野 浅茂川 嶋児神社

丹後、良い所ですよ。白生地を買うもよし、魚を楽しむもよし。どうぞ遊びにいらしてください。

 

さてさて、お知らせ☆

博多リバレイン2階の福岡デザイナーズショップ「D12(ディーワンツー)」にある「watashi no ohako」(Divalize)様(tel:092-282-1300)に我が社のテーブルランナーを置いて頂いています。

西陣金襴正絹 羽重紋様テーブルランナー

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お近くの方、御覧になっていただけたら嬉しいです。

iichi様で販売されてはります。http://www.iichi.com/listing/item/272240?ref=itm_othr-itm-img
どうぞ、ご覧ください。完全手作りなのでリクエストいただければ、イヤリングも可能だそうです。

「はなうちさくら」様 金襴作品

「はなうちさくら」様 金襴作品

受注生産です。「はなうちさくら」様、我が社の金襴を素敵な作品に昇華して頂き、どうもありがとうございます。

我が社で匂い袋も売っています。大事な方への贈り物にぴったりだと思います。正絹と本金箔の織り込まれた小さな宝物をどうぞ☆

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ご用命の際は是非、ご連絡ください。お待ちしております。

070-6682-4650

mail@okamotoorimono.com

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