京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵~西陣の金襴織屋のお地蔵さん見物

今日はバック・トゥ・ザ・フューチャー PART2の日!
マーティとドクが30年後の未来にタイムトラベルしてきたその日が「2015年10月21日」。

さて、西陣金襴織の岡本織物、今日もお地蔵さん見物のブログを書かせていただきます。

今日のお地蔵さんの居はる「五条通り七本松」といえば京都市民でしたらぴんと来ます。
でもこれを読んでくださる方の多くは京都市民ではなさそうですので、解説させていただきます。

五条通りという東西の通りがあります。「五条の大橋渡るとき」で有名ですが弁慶と牛若丸の対戦で有名な五条の大橋は今の松原通の事です。松原通より2本目南の通りです。堀川より東の一部は国道1号でもあります。七本松通りは南北の通り。西陣中の上七軒もばっちり七本松通りです。五条下ルの京都リサーチパークも通り十条通まで続きます。

「五条通り七本松」と言えば西陣から言えば七本松を下り五条通まで行ったあたり、と言うことです。そこらへんの北側にあります中堂寺庄ノ内町という町内のお地蔵さんについて今日は御紹介。

京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵
京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵

家と家の間に祠があります。しかし、京都の「自分の家ではないのにお地蔵さんの場所を作ってあげる」という行為に私は感動を覚えます。

京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵
京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵

祠の中に祠。
地蔵信仰は極楽浄土に往生する為の宗教である「浄土宗」が普及した事により「私は往生できないんちゃう?」という方々に篤く支持されました。「お地蔵さん、私を地獄から救って!」という願いが込められたのが地蔵信仰の初期の様子です。平安時代のころですね。
その後、親より先に亡くなってしまった子供を賽の河原で守る地蔵菩薩の様子から「子供の守り仏」という印象が中世において強まります。

京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵
京都市下京区中堂寺庄ノ内町地蔵

祠の中の祠に更に厨子がありましてお地蔵さん本体はひっそりと守られているのでしょう。お地蔵さんを大事にするとか最高ですね。大人の余裕を感じます。

今日の織屋の賄いは、肉団子スープでした。その他諸々。
おかわり沢山ありますえ。

肉団子スープ
肉団子スープ